【感想・あらすじ】『風の歌を聴け』村上春樹 作
今日は『風の歌を聴け』のあらすじと感想を書いていきたいと思います。
この作品は村上春樹のデビュー作であり、第22回群像新人文学賞受賞作品であります。
主な登場人物
僕
作中の書き手であり語り手である。1948年12月24日生まれ。少年時代に精神科医に通った経験がある。大学では生物学専攻しており、帰省中。
鼠
3年前、「僕」と大学入学の年に出会う。大学を中退し、小説家を目指している。
ジェイ
ジェイズ・バーのバーテンダー。中国人であるが、「僕」曰く、”自分よりも日本語が上手”。
小指のない女の子
レコード店勤務。「ジェイズズ・バー」で泥酔したところを「僕」が家まで送り届ける。その数日後、中絶する。
デレク・ハートフィールド
架空のアメリカの作家であり、宇宙人や化け物の登場する小説を執筆する。
あらすじ
大学時代の夏、僕は帰省し、「ジェイズ・バー」で友人の「鼠」とビールを飲んでいた。
バーの洗面所に倒れていた小指のない女の子を僕は介抱し、家まで送る。
レコード屋で、店員をしている小指のない女の子に再会する。
彼女のアパートで彼女は中絶したばかりであることを僕に言った。
僕が冬に帰省した時には彼女はレコード屋を辞め、アパートも引き払っていた。
登場する音楽
「カリフォルニア・ガールズ」 ビーチボーイズ
ローリング・ストーンズの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500(2010年版)では72位にランクインしているそうです。
シャッフルリズムの楽しい曲です。
ビーチボーイズはビートルズと同じ時代のグループです。アメリカのバンドの中でも特に人気が高いバンドです。この時代はブリティッシュインベンションと呼ばれる時代で、イギリスのバンドがどんどんアメリカに入って行っていた時代です。この時代の有名のバンドは大体イギリスのバンドなんですね。ビートルズやローリングストーズ、キンクスなどなど。その中で、アメリカのバンドとして生き残ってたのが、ビーチボーイズなんです。
ビーチボーイズのアルバムとしてはダントツで『ペット・サウンズ』が有名です。「カリフォルニア・ガールズ」は入っていませんがσ(^_^;)ビーチボーイズのアルバムは私はこれしか知りません!そんな私のイチオシです!
感想
①偉大な作家の最初の作品と思って読むから面白い
村上春樹は20代の最後の午後、神宮球場でビールを飲んでいるときに小説を書くことを思い立ち、毎晩1時間ずつ4ヶ月かかってこの作品を書き上げたそうです。
この作品は文章を書くことへの考えかたがびっしり詰まっているので、偉大な作家の最初の作品として読むと凄く面白いと思います。
ただ、ストーリー自体は面白いとは思いませんでした。しかもこれが缶詰になって数週間で書いたものではなく4ヶ月という長い期間を使って書かれている訳ですから、作者自身もそれには気づいていると思います。(もの凄い読書家なのでで面白いストーリーは沢山知っているでしょうし、後に面白いストーリーを沢山書くことになる訳ですから)
②あまりにも有名な書き出し
「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」
この書き出しはあまりにも有名ですが、ここにこの小説のテーマが全て詰まっているかと思います。
文章を書くということは不毛なことであるということです。文章を書くことが不毛なことであるという点については、この作品の中で再三にわたって表現されています。文章について多くを学んだとされる架空の作家デレク・ハートフィールドついて「全ての意味で不毛な作家」と表現しています。また、架空の作家デレク・ハートフィールドの作品の中で火星人は水脈のないところに井戸を掘ります。これは文章を書くことの不毛さを例えているのではないかと思います。
では、何故文章を書くことが不毛なことだと思っているか考えてみます。それは、相手に自分の思っていることが全て伝わる「完璧な文章」が存在しないからです。
第一に文章が不正確であるからです。”三日三晩書き続けた挙句それがみんな見当違いといったこともある”や”僕たちが認識しようと努めるものと、実際に認識するものの間には深い溝がある”などっといった表現からはその点の考えがうかがえます。
第二に正確に表現したとしても相手側が嘘だと考える可能性があるからです。
完全に理解しあうことへの諦めを表現している箇所はいくつかあります。
鼠は死んだ人間の本しか読みません。死んだ人間とは理解しあう必要がなから、理解できなくも許せるということだと思います。
「僕」は動物のどんなところが好きか尋ねられて、「笑わないところ」と答えています。人間同士のコミュニケーションの達観が感じられます。
こうした「孤立」と言う状態から、作者自身の心境の変化なのか、人との「接触」のようなものへと作品が移り変わっていったのが『ねじまき鳥クロニクル』からだそうです。
なんと言うか、「達観」したような主人公のキャラクターというのは村上作品の中の魅力な気がします。そう言った「達観」したような主人公から発せられるポジティブな発想は妙に説得力があるのです。
③デレク・ハートフィールドという架空の作家
作中で、実在の人物であるかのように書かれているため、図書館に「ハートフィールドの著作物のリクエストが寄せられ、司書を困惑させたそうです。
作品を読まれていない方は奇妙に感じるかとも思いますが、生い立ちや最期、作風などがかなり詳細に書かかれており、実在する作家と同列に語られており、作品本編だけでなく、あとがきにおいても存在する作家のように描かれているのです。
こんなデタラメを処女作でやろうと思うところが凄いです。
ただ、自分的にも理解できる点もあります。実在する有名な作家、例えば、夏目漱石を賞賛したとすると読者に「夏目漱石しか知らないのか」と思われると恥ずかしさがあります。また、マイナーな作家をあげると「通ぶってる」と思わる危険性があります。更に、数年後に好きな作家が変わった時に後悔が生じるかも知れません。架空の作家の名前を挙げる方が色々な点で丸く収まるのも理解できない話ではありません。
ただ、あとがきでも実在するかのように書くのはやり過ぎですよね。しかも、お墓参りにいったなんて大嘘を(^_^;)
④小指のない女の子の中絶
中絶した子のは、鼠の子だとする説が有力です。
女の子が旅行に行くと嘘をついて堕胎した時期と鼠の元気のなかった一週間が重なっていることなどからです。
⑤「僕」がついた嘘はどれか?
「僕」が彼女から嘘つきと言われるシーンの引用です。
最後に橋が爆破されたところで彼女はしばらく唸った。
「何故あんなに一生懸命になって橋を作ってるの?」彼女は茫然と立ちすくむアレック・ギネスを指して僕にそう訊ねた。
「誇りを持ち続けるためさ。」
「ム……。」彼女はパンを頬ばったまま人間の誇りについてしばらく考え込んだ。いつものことだが、彼女の頭の中で何が起こっているのか、僕には想像もつかなかった。
「ねえ、私を愛している?」
「もちろん。」
「結婚したい?」
「今、すぐに?」
「いつか・・・・・・もっと先によ。」
「もちろん結婚したい。」
「でも私が訊ねるまでそんなこと一言だって言わなかったわ。」
「言い忘れてたんだ。」
「・・・・・・子供は何人欲しい?」
「3人。」
「男?女?」
「女が2人に男が1人。」
彼女はコーヒーで口の中のパンを嚥み下してからじっと僕の顔を見た。「嘘つき!」
と彼女は言った。
しかし彼女は間違っている。僕はひとつしか嘘をつかなかった。」
まず、彼女は「僕」の 発言のどの部分が嘘だと思っているか考えてみると基本的には「誇りを持ち続けるためさ。」という発言以降の全ての発言を嘘だと言っているのだと思います。
少なくとも「誇りを持ち続けるためさ。」という発言についても、一見関係ないようですが、疑ってはいると思います。この発言が腑に落ちなかった為に考え込み、「ねえ、私を愛している?」と尋問を始めているからです。
また、「嘘つき!」という反応から子供の数については確実に嘘だと思っています。
僕がついた「ひとつ」の嘘とはどの部分なのでしょうか。
最初、「僕」が「羊をめぐる冒険」で子供を欲しいと思っていないことや、村上春樹自身に子供がいないことから「3人」という答えが嘘なのではないかと思いました。しかし、「3人」のところが嘘と仮定すると「女が2人に男が1人。」の部分も嘘ということになるので、嘘が二つになってしまいます。
また、「女が2人に男が1人。」の部分を嘘だとすると、それに対する彼女の「嘘つき!」というコメントは正しいことになるので「僕」が”しかし、彼女は間違っている。”とはならないはずです。なのでこれも違うと思います。
「もちろん結婚したい。」が嘘だとすると結婚はしたくないけど、3人の子供は欲しいということになります。これは形式的には成り立ちますが倫理的に嘘だと思いたいです。流石にこれだとヤバイ奴です(^_^;)
残るは「ねえ、私を愛している?」に対しての「もちろん。」と「誇りを持ち続けるためさ。」の二択になります。
これは両方成り立ちえると思います。
「もちろん。」を嘘だとすると、愛してはいないが、結婚したいし子供も欲しいということになりますが、こういう皮肉っぽいことを言うが好きだと思うので保留にしていい選択肢だと思います。
「誇りを持ち続けるためさ。」という部分は一見関係無いようですが、橋をつくることを文章を書くことに置き換えると分かり易いかとおもいます。この作品を通して文章を書き続けることの不毛さやモチベーションについて書かれているので、「誇りを持ち続けるためさ。」という部分が嘘である意味は十分にあると思います。
おわりに
最後までお読み頂きありがとうございました。
書き足りない点も多いですが、一旦ここで終わりにしたいと思います。
今日はこの辺で(^_^)/